路地裏にて
        〜よくある異能に付き その2



いちいち意識してはないが、一応は“指名手配犯”なので。
明るい中、大手を振って大通りを歩むというのはいかがなものかという最低限の判断はある。
暇を持て余した者らがたむろする広場や公園などはともかく、
これでもかと人が行き来して居る雑踏の方が、
他者への関心も薄くて案外と紛れ込めるものだと思うのだが、
今時はいたるところに防犯目的の監視カメラが設置されており、
自身の不審な行動の所為ではなく、
どっかの誰ぞの犯罪行為を追跡していたら
たまたま映り込んでましたとピックアップされたりしては洒落にならないでしょう?なぞと。
樋口に懸命に言い諭されたこともあり、
陽のあるうちの徒歩移動は人目のなさげな路地裏を近道として選んでいるまでのこと。

 “………?”

なので、その路地裏へと足を運んだのも、
特に意味なんてなかったのだ、芥川としては。
革靴の底が細かな砂を咬んでじゃりとにじるような音を立てるのが、特に耳を澄まさずとも拾えて。
ほんの数歩前までは少しは人通りもあった通りに居たのに、
ひょいと逸れたらもう、そこは昼間とは思えぬ薄暗がり。
身を寄せ合うよにくっつき合った、やや煤けた建物に両脇を挟まれた、
潮風が運んだ砂をまぶされ、空き缶やらペットボトルやらが転がる、
どこへ通じているのかも判らぬ小汚い細い小道で。
そんなところに気配があったとすれば、ここいらを縄張りにしている野良猫か、
人であれば自分のように陽の下に居ては不味い者くらい。
その気配がありあり晒されている筈もないものだろうに、
何だろうか、覚えのある感触がどこからか届く。
不審な者の示す警戒のいるそれではなくて、

  そう、傍らに寄った覚えのある存在の気配

どこだどこだと見回し、
立ち止まったところから見える範囲ではないものかと歩みを進ませかけて、
ふと、何気なく下ろした視線の先にあった、ペンキ缶だろか、
妙に存在感があるそれが気になって。
黒外套の衣嚢に突っ込んだままの手をわざわざ出すほどでもないかと、
片足をひょいと伸ばし、その靴底を縁に引っかけ、
口を底の側にした格好で逆様に伏せられたそれ、ちょいと傾けてみれば、

 「……。」
 「……。」

その中に居たものと目があった。
業務用の挽いた珈琲粉とかの缶ほどのサイズのそれへ入ってたほどの大きさなのに、
何とも意外なものが入っていたもので。

 「……。」
 「……。」

意外過ぎて思考が回らず、向こうは向こうでやはり意外な展開へか固まっており。
そうだ、これは目の錯覚かも知れぬ。
このところ夜更けの掃討作戦が立て続いて寝不足だし、太宰さんとも逢ってはおらぬ。
疲れているのだ、うん、と。
柄にもないことを思いつつ、縁へ引っかけて傾けていた缶を戻そうとしかかれば、

 「あ、いや、いやいやいや、ちょっと待って。」

その行動を制止するよな声が聞こえた。
どうやら精神的疲労から来る幻ではなかったらしいが、
それにしたって、

 「何でそんな、見なかったことにしかかるんだよ、芥川。」
 「うるさい。僕の知る人虎はそんなまで矮小ではなかったぞ。」

少なくとも、ペンキの缶を伏せられて二進も三進もいかなくなるよな、
手のひらサイズではなかったし、

 「そのように虎の耳やら尻尾やらを出しっぱなしということもなかったし。」
 「そこまで見えてて、見ないふりってないだろう。」

顔見知りなのに無視されかけたことへの憤慨か、
暁色の双眸をやや尖らせ、頬を膨らませと、
小さくなっても判りやすい感情起伏の様を見せたものの、

 「…で?」
 「なんだよ。」
 「知れたこと。」
 「…うう。」

片足使って缶を傾けたままという格好もなかなか間抜けなポーズであり、
とりあえずは コンと向こうへ蹴る格好で取り除いてやってのさて。

 「どうしてほしいのだ。」
 「すいません、探偵社へ帰りたいです。」

足元地べたに近い相手へ屈んでやりもせずなのは、
実をいやあ故意に呈した尊大な態度。
何でいちいち、敵対組織の人物へ、
それが苦境であれ擦り寄ってやらねばならぬ
……などと、そこまで冷徹に思ったわけじゃあなく。

 「お願いだよう、芥川。」

ね?と両手を合わせて見せたご愛嬌が出たほどに、
人虎の側もさほどの苦境と思ってないらしいと察せられたから。
とはいえ、知己に見つけてもらえたこの奇遇を無かったことにされたくはないか、
憤懣の気配を引っ込めて、ねえねえとねだる様子は相変わらず幼気なく。
ふふと小さく吹き出して、やっとのことという順番で膝を屈して屈みこんでやる。

 「一体何があったのだ。」
 「えっとぉ…。」

物事には順というものがあろう。
人が手のひらサイズになっているなど、どう考えても尋常ではない事態だ。
とはいえ、見ず知らずの存在ではなく顔見知りだからこそ、
自分や此奴には共通の“思い当たり”もなくはなく。
それを訊いているのだと、彼の側でも察してはいよう、
ちょっとばかりもじもじと逡巡してから、
戸惑うように下方へ揺らしていた視線をやっとこちらへ戻すと、

 「依頼の内容を話すわけにはいかないんだけど…。」

と言いつつ、それでは事情も通じぬというのは判っているものか、
ちらと上目遣いになってから、はあと肩を落として語り始める。
自身の不注意から招いた現状だというのが判っているらしく、

 「最近失踪する人が増えてるらしくて。」

それも、男女や年齢を問わず。
もしかして誘拐か?と思えるほどに幼い子供から、
働き盛りでやりがいのある企画を進行中というビジネスマンまでと、
対象者に幅がありすぎるので同一事案と気づくのが遅れた。
ただ、同じ所轄に訴えが集中しており、これは妙だとやっと気づいた軍警が
捜査に手をつけるのが遅れた分を挽回すべく、武装探偵社へも協力を要請してきたそうで。

 「腕に自信のありそうな男性も居て、
  なので、拉致では とまでは思われてなかったらしいんだけども…。」

えっとぉと自信なさげに視線を落とし、
ほりほりと猫耳の立った白い頭を掻いて見せる辺り、
自分の身で事態への見当がついた彼であるようで。

 「よく連れ去られなんだな。」

むしろそっちを他人事ながらに案じてしまう。
まだまだ少年で通りそうな幼げな風貌は、
良からぬ者から好奇の目を集めそうでもあって。
歪んだ思考した得体の知れぬ者に拐かされ、玩具のような対象にだってされかねぬ。
そうはならずによかったことよと安堵しておれば、
顔を上げた彼は、何故だかこのタイミングで“え?”という意外そうな顔をし、
それから、訊かれたことへと気づいたようで、

 「頑張って逃げ回ったんだ。」

ボクの場合、素早さが一般の人とは違ったから、
小さくなって却って捕まえにくくなったんじゃないのかな。
そうと言ってから、
何故だか、彼の側が案じるような顔になる。

 「なんかごめん。そんな情けないかな、ボク。」
 「……さてな。」

もしかせずとも、何か異能を掛けられてのこの状態なのだろう。
連続失踪事件の真相は、
対象の身を小さくし、ひょいと掴み取ってという何とも乱暴な誘拐。
それを途中まで自分の身で体験し、これはまずいと逃げ回り、
何かの拍子、空き缶の中へ飛び込んだはいいが、
完全に伏せられた格好になり、
しかも自分の異能も制御できぬか、
耳と尾は出たが肝心な力が出せずで困っていたらしく。

 「無事ならいい。」

ふふと、せいぜい情けない奴だと嘲笑してやったつもりだが、
それへの反応、居たたまれないという顔は、やっぱりこちらを窺うような神妙さ。
とことこと歩み寄って来ると
立てた恰好のこちらの脛辺りを
かぶさった外套越しに小さな手ですりすりと撫でてくる。
何故にこちらがいたわられなければならぬと思ったものの、
キューンという鼻声が聞こえてきそうな切なげな表情なのに打たれ、
こちらもまた余計な罵倒句は抛らずにいてやり。

 「…ほら。」

手を伸べてやって“乗れ”と示す。
猫のように後ろ襟を掴むわけにもいかなかったし、
胴を鷲掴むのはもっといただけぬような気がして。

 「うん。」

開いた格好の手のひらにまずは両手をつくと、
ちょいちょいと靴を脱ぐところが何だか愛らしい。
膝からにじり上がって来たのを見届けて、
ゆっくりと懐近くまで持ち上げ、そおと立ち上がる。

 「ますは本拠へ戻る。」
 「え〜?」
 「僕が探偵社へ赴けると思うか?」
 「ううう…。」

じゃあ、太宰さんへ連絡とってほしいなぁなどと言うので、
僕は今の今 就業中だ、勝手な行動は出来ぬと、
いかにも真っ当な言い分で返してやったが。

 『…それ、手前が言うか?』

あの太宰も手を焼いた独断専行、
今後もやらかさないように言質を取っときたかったぜと。
意外な手土産を執務室まで持ち帰って差し上げた中也さんから、
微妙な顔をされるまで あと十数分…。




  〜Fine〜   17.11.03.


 *厳密にいやぁ、あいまいミーイングとか、
  アダムとイブの昔よりも
  サブタイ的に よくある〜ネタじゃああるのですが。(笑)
  あと、ウチの芥川先輩って、このところちょっと影薄くない?と思ったもので。
  出て来てはいるのですが、
  実は もーりんにとって尊い存在過ぎて、
  心情とか描写するのが畏れ多すぎて、あんまりいじれないものだから…。
  そっか、こういうシチュだと何とかなるんだと、今更 気がついた次第。
  そのうち芥敦とか書き始めそうで怖いです。